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痴呆症の介護について

 
痴呆症高齢者に各種の療法は本当に必要なのか??

日本国内で痴呆症高齢者に対する各種の療法、例えば「音楽療法」「回想法療法」「運動療法」などが導入されて、グループホームなどの施設で実施されるようになりました。しかし、本当に痴呆症高齢者全員に同じような療法が必要なのか、最近疑問に思うようになりました。

それは、グループホームを訪問し、中度から重度の高齢者の日常生活を観察していると、必ずしも職員が思うほど、あるいは期待しているほど、高齢者はそれらの療法を受け入れたいと思ってはいないことに気がつきました。

高齢者たちは、それぞれが異なった環境で、異なった人生を体験して生きてきました。その高齢者に、全て右習え方式でしている、日本の施設で行われる療法の中には、無意味と思われることもあれば、行き過ぎではないかと思うこともあります。

あるグループホームでは、15人ほどの老人達がホールに集まり、指導員が音楽療法として、みんなに童謡や民謡、時には、昔懐かしい流行歌などを一緒に歌わせているのを拝見しました。参加している老人達の表情をよく観察していると、中には喜んで唄っている人もいましたが、中には完全に無視して無表情に近い老人もいました。その老人達の過去の歴史を確認したところ、他の老人達とは違う社会生活を経験してきた人たちでした。

ある施設では、風船やゴムボールを老人達の間に投げて、幼稚園の児童のように、みんな一緒の行動をさせて、運動療法と名づけて実施していました。しかし、数人の老人達はその仲間に入ることなく、ただ椅子に座っているのみでした。

なぜ一部の老人は参加しないのか、観察してわかったことは、その老人達は、職員の説明する言葉や、動きのテンポについていけないのです。一部の老人達は、他の老人よりも理解するのに、倍の時間が必要なのです。一部の老人は、みんなと一緒に行動できる理解力と興味を持ってはいないのです。

その老人達に必要なのは、ゆっくりと、義務感の責任を感じない、マイペースで考えて、行動をしていく余裕のある時間が必要なのです。かならずしも、全ての老人にこれらの療法が必要ではないのです。

活動的な療法は、回復機能を持ち有効でもありますが、時には逆効果となり、老人達が自然に老いていく、その流れを阻害をしていることになっていると思います。多くの老人は、そうした活発な行動ではなく、小鳥の鳴いている静かな公園を散歩し、木の葉が落ちる林の中をゆっくりと歩きたいのではないかと思います。車椅子に座って暖かい太陽の光を受けていたいのみではないかと思います。、その時間が余生を過ごす有意義で、落ち着いた、満足な瞬間なのではないかと思います。

施設に入る迄は何もしていなかったのに、施設に入るなり急にいろいろな活動をさせられても、必ずしも老人達はそれを希望しているとは思えません。それよりも老人達は、老いについて語り、死について語り、過去の人生を語りたいのではないかと思います。

老人達には、何も先を急がなくてはならない必要性はありません。今をのんびりと過ごして生きたいと思う老人も多いと思います。私がこれからの老人介護を考える時、施設の関係者や療法職員にお願いしたいのは、何でも活動的にするのが、良い介護や療法と誤解され、それが当たり前になっている、老人介護に対する考え方を再検討して欲しいことです。

老人達は、自分が何をして欲しいのか、何が正しいのか、判断できなくなり、自分の意見を伝えることが困難になっています。職員は、老人が何を言ういたのか、ゆっくりと待っていただきたいと思います。私見でした。

    ( 2004年12月30日 記載 )

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