From Stockholm
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友人の介護記録

          
その7. 薬害

退院後自宅療養となった。ある日S氏は身体の異常を訴え、救急車にて市内の病院に運ばれ、医師の診察で緊急治療を要する重度の薬害障害と判定された。そのまま病院に緊急入院となり、翌日連絡を受けて私が訪問した時、S氏の身体全体あますところなく、皮膚が血の膨らみを持ち、口の中、足の裏など血の膨らみが無いところが無いくらい悪い状態であった。痒みがひどく本人が手で掻いたりすると、出血するため、手を始め身体全体を包帯でぐるぐると巻いてあり、包帯のあちこちは血が滲み出て赤くなっていた。

ベッドもところどころ血に汚れて、その上痒くて掻いたために、皮膚が無数に落ち血の色と混じり、すさんな状況であった。

胃や大腸などを数回洗浄されて、完全に肉体的にも精神的にも極度の疲労状態であり、何回も「死にたい、死にたい」とS氏は私の手を取って、苦しい顔で訴えていた。苦しさから「オーオー」叫び続ける声を聞いて、同室の患者は「まったく寝られなくて困る。個室に移動してくれるように、病院に交渉しろ」と抗議した。病院で患者は苦しさで叫ぶ事は許されないのかと、怒りを覚えたことである。

医師は「このままの状態で3−4日が決めてである。それ以後も症状が悪い場合は、最悪状態となり死亡することも、覚悟して欲しい」と言われた時、側で看護するS氏の妻には、医師の言った言葉を説明すべきかどうか悩んだ。しかし、もしもの事が有った後では遅いと思い正直に伝えた。「死んでは駄目だ、生き抜け」と英語で言い続ける妻はS氏の身体をさする。身体を摩ると皮膚の袋がつぶれて、血が出てくる。それをガーゼで丁寧に拭きながら、難聴状態にある、S氏の耳にかがみ込むようにして、何回も何回も言っていた状況は今も忘れられない。ベッドの周りの下床には剥がれた皮膚がゴミのように溜まっていた。

4日めになって、ようやく熱もさがり、息遣いもよくなった。血袋だらけであった皮膚も、ところどころ乾燥を始め、かゆみもすくなくなってきた。診察した医師は、この調子で数日続けば、命は助かるだろうと説明、その言葉を妻に伝えた時、彼女の顔には安堵の気持ちと疲れがみられた。

一週間後には、医師が帰宅しても良いと判断、無事退院することができた。医師の診断では、日本から所持した薬と、スウェーデンの病院で投薬した薬の副作用が出て、それが薬害障害になったのでないかと思うと説明してくれた。


自宅の風呂場で、退院後も乾燥して身体に付いて残っているかさぶたを取るのに、数日かかったと、あとで妻が話してくれた。本当に一命を取り留めた出来事であった。


(2002年6月11日 追記)

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